大判例

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大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)69号の1 判決

原告

日本共産党大阪府委員会

右代表者委員長

緋田吉郎

右訴訟代理人

東中光雄

外五名

被告

南税務署長

北中善雄

被告

東税務署長

武市正太郎

右両名指定代理人

藤浦照生

外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、申立

1  請求の趣旨

(一)  被告南税務署長が原告に対し昭和三八年一二月一七日付でした、(1)同年六月分入場税更正処分(税額二四二、六二〇円)と過少申告加算税賦謀処分(税額一〇、七五〇円)、(2)同年七月分入場税更正処分(税額一〇、九七〇円)、(3)同年六月分入場税決定処分(税額一一、一二〇円)と無申告加算税賦課処分(税額一、一〇〇円)を取消す。

(二)  被告東税務署長が原告に対し同年一二月一七日付でした、同年七月分入場税決定処分(税額一一、七二〇円)と無申告加算税賦課処分(税額一、一七〇円)を取消す。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求める。

2  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨の判決を求める。

二、主張

1  請求原因

(一)  原告は日本共産党の下級組織であり、それ自体いわゆる人格なき社団である。

(二)  被告南署長は、原告が昭和三八年六月二二日から七月一日まで新オリオン座で、また六月二八日オリオン座で、いずれも映画「日本の夜明け」「鋼鉄はいかに鍛えられたか」を上映し、入場料金を領収したとして、同年一二月一七日付で原告に対し請求の趣旨(一)記載のとおり課税処分をした。

被告東署長は、原告が同年七月三日大阪府立大手前会館で右映画を上映し入場料金を領収したとして、同年一二月一七日付で原告に対し請求の趣旨(二)記載のとおり課税処分をした。

原告は右各処分につきそれぞれ異議申立をし、次いで審査請求をしたが、いずれも棄却された。

(三)  本件映画の上映日時場所、入場人員、領収した入場料金総額および入場税額に関しては、被告らの後記主張事実を争わないが、原告は本件映画上映の主催者でないから、原告に対し入場税を課税するのは違法である。

すなわち、「日本の夜明け」は明治大正昭和にわたる共産党員等の活動記録等の実写フィルムを綴りあわせたドキュメンタリー映画であつて、日本共産党が創立四〇周年を記念して製作したものであるところ、大阪府においてはかねてより全大阪映画サークル協議会日ソ協会、日中友好協会、アカハタ大阪支局(これは原告の一部門である)などが大阪自主上映促進会を組織して、すぐれた映画を自主的に上映する運動を展開していたので、右促進会が中心母体となり、民主青年同盟大阪府委員会も加わつて、「日本の夜明け」「鋼鉄はいかに鍛えられたか」の上映の成功を目的とする「日本の夜明け上映委員会」(代表者小渓住久)を結成し、これが被告ら主張の日時場所における本件映画上映を主催したのである。日本共産党中央委員会が「日本の夜明け」の製作、配給権者として、その普及のために宣伝用ポスターやチラシを作つて提供し、また右映画の上映運動を選挙、党勢拡張と結びつけてこれに積極的に取り組んできたことをもつて、直ちに原告の主催と認定するのは誤りである。

(四)  被告らは原告に対し本件更正または決定処分をするにあたり全く調査をせず、または若干の調査事実を把握していたとしてもそれに依拠せず、ほしいままに右処分をしたもので、国税通則法二四条、二五条に違反する。

開催場所

新オリオン座

オリオン座

大手前会館

課税年月日

37年6月分

7月分

6月分

7月分

入場人員

(人)

一一、〇八一

五八六

六一二

六四五

領収料金総額

(円)

二、六六八、八七〇

一二〇、七七〇

一二二、四〇〇

一二九、〇〇〇

課税標準額

(円)

二、四二六、二〇〇

一〇九、七〇〇

一一一、二〇〇

一一七、二〇〇

入場税額

(円)

二四二、六二〇

一〇、九七〇

一一、一二〇

一一、七二〇

2  被告らの認否と主張

(一)  請求原因(一)および(二)は認める。

同(三)のうち、「日本の夜明け」が明治大正昭和にわたる共産党員の活動記録等の実写フィルムを綴りあわせたドキュメンタリー映画で、日本共産党が創立四〇周年を記念して製作したものであることは認め、右映画上映の主催者に関する主張事実は否認する。

同(四)は否認する。

(二)  原告は昭和三八年六月二二日から七月一日まで大阪市南区河原町二丁目一五〇〇番地所在の新オリオン座およびオリオン座(ただし後者は六月二八日のみ)において、また同年七月三日には同市東区京橋前ノ町所在の大阪府立大手前会館において、「日本の夜明け」「鋼鉄はいかに鍛えられたか」の上映を主催し、入場者から入場料金を領収してこれを観覧させた。その開催場所別の入場人員、領収した入場料金の総額、課税標準額、入場税額は次表のとおりである。

ところが原告は同年七月一一日「日本の夜明け上映委員会(代表者小渓住久)」名義で被告南署長に対し新オリオン座分についてのみ計二八、九六〇円の納税申告をし、その余の分については納税申告をしなかつたので、被告らはそれぞれ前記のとおり更正または決定処分および加算税賦課処分をしたのである。

(三)  原告の主張する「日本の夜明け上映委員会」なるものはそれ自体独立の組織性、社団性がなく、これは原告が大衆を動員するために原告の名称を表面に出すことを避けて一時的に用いた名称であるにすぎず、その実質は原告そのものであり、本件映画上映の主催者が原告であることは明白である(かりに大阪自主上映促進会との共催であつたとしても、原告が共催者の一員として全額の納付義務を負うことにかわりはない)。

三、証拠〈略〉

理由

一請求原因(一)(二)の事実(原告の組織、課税処分の存在)は当事者間に争いがない。

右課税処分の根拠として被告らの主張する事実のうち、昭和三八年六月二二日から七月一日まで大阪市南区河原町二丁目一五〇〇番地所在の新オリオン座およびオリオン座(後者は六月二八日のみ)において、また同年七月三日には同市東区京橋前ノ町所在の大阪府立大手前会館において、映画「日本の夜明け」「鋼鉄はいかに鍛えられたか」が上映されたこと、その開催場所別の入場人員、領収した入場料金の総額、入場税額が被告らの主張(二)の一覧表記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、本件の実体上の争点は入場税の納税義務者たる「主催者」が誰であるかの一点に帰するわけである。

二本件映画上映の主催者について

1  本件映画の内容

「日本の夜明け」は明治大正昭和にわたる共産党員の活動記録等の実写フィルムを綴りあわせたドキュメンタリー映画で、日本共産党が創立四〇周年を記念して製作したものであることは当事者間に争いがない。

また、〈証拠〉によれば、同時上映された「鋼鉄はいかに鍛えられたか」はソビエト共産青年同盟の人間像を画いた劇映画で、自主上映促進会全国協議会がソ連から寄贈されたものであることが認められる。

2  日本共産党による「日本の夜明け」上映運動

〈証拠〉を総合すると、日本共産党は「日本の夜明け」完成を契機に、これを党勢拡大のために積極的に活用する方針をたて、党組織をあげて右映画の上映運動に取り組み、党中央委員会から各都道府県委員会に対し「日本の夜明け」の上映普及につき通達を発して指示を行なう一方、全国を一〇のブロックに分けて党の各級機関の代表を集め、党中央委員会の指導の下に上映運動に関する打合わせ会を催すとともに、昭和三八年三月から一〇月頃にかけて党中央機関紙「アカハタ」の紙上において「日本の夜明け」製作の意義を喧伝し、一〇〇万人の観客の動員を呼びかけ、全国各地での上映運動の状況および上映の成果を遂一報道するなどの啓蒙宣伝活動をくりひろげ、さらに党中央委員会が「日本の夜明け」の宣伝用チラシを作成配布するなどして、上映運動を精力的に推進したことが認められる。

3  大阪における上映運動と本件課税の経過

前示各書証のほか、〈証拠〉を総合すると、つぎの事実が認められる。

(一)  「日本の夜明け」は昭和三八年三月二一日日本共産党中央委員会および同党東京都委員会の共催により、東京中野公会堂で特別有料試写会が行なわれたのを皮切りに、全国各地で上映されたのであるが、大阪府下においては全国の多くの地区でそうであつたように「日本の夜明け上映(実行)委員会」なるものが設けられ、これが上映を実施するという形式がとられた。すなわち、原告は党中央委員会の指示に従つて大阪府下での上映を企画したが、この映画の観賞に広く大衆を動員するためには原告の名称を直接に表面に出さない方がよいという配慮から、原告の下に「大阪府日本の夜明け上映委員会」を、また原告の下級機関である各地区委員会毎に「○○地区日本の夜明け上映委員会」を設け(もつとも会とはいつてもその組織権限等を定めた規約は存在しない)、府下各地での上映を分担実施することとした。しかし右上映委員会なるものはいずれも上映会場の借上げ、運営など映画上映に関する実務に不案内であつた関係上、大阪自主上映促進会(これは全大阪映画サークル協議会が中心となり、日ソ親善協会、日中友好協会、アカハタ大阪支局なども参加して結成された団体で、主として社会主義諸国の映画を輸入し自主上映することなどの活動を行なつている)に協力を呼びかけ、同会と提携してその上部団体である自主上映促進会全国協議会の配給にかかるソ連映画「鋼鉄はいかに鍛えられたか」と併映する運びとなつた。

(二)  右「大阪府日本の夜明け上映委員会」は原告府委員会の委員小渓住久を責任者とし、新オリオン座における上映を担当実施することとなつたが、同館を所有するオリオン興業株式会社との間の借館契約については全大阪映画サークル協議会事務局長梨木一昭が表面に立つて交渉し、「鋼鉄はいかに鍛えられたか上映委員会代表者梨木一昭」の名義で、期間を昭和三八年六月二一日から一週間とし、借館料を三五万円とする新オリオン座の借館契約を結び、右借館料は小渓が梨木を通じてこれを支払つた(借館料支払を否定する小渓証言は、前示乙第二三号証の一の記載および証人岡田茂穂の証言に照らし措信できない)。右映画は実際には六月二二日から上映開始され、好評のため期間を延長して七月一日まで続映され、そのうち六月二八日には入場者多数のためオリオン座をも借りて上映したほどであつた。そしてさらに七月三日には大手前会館を借りて同様の上映を行なつたが、同館の使用申込は原告名で、すなわち「日本共産党大阪府委員会 事務担当者岩本孝雄」名義をもつてなされ、会館使用料二一、四〇〇円はもちろん原告が支払い、使用許可を受けたものであつた。

(三)  右上映会場への入場者には、会員券による入場者と一般および学生の入場者とがあつたが(ただしオリオン座と大手前会館は会員券入場者のみであつた)、右上映委員会は小渓住久個人名義または右上映委員会代表者小渓住久名義をもつて被告南税務署長に対し、一般および学生の入場者分についてのみ官給入場券用紙の交付を申請し、保全担保を供し、入場税を納付し、別途に印刷した会員券(会の名称としては「日本の夜明け上映委員会」「大阪自主上映促進会」が併記されている)による入場者分については入場税納付義務がないとして、入場税の申告をしなかつた。そこで被告らは原告を本件映画上映の主催者と認め、右会員券入場者分につき本件課税処分を行なつたのである(この処分にかかる税額については、その後「日本の夜明け上映委員会代表者小渓住久」名義をもつて一応完納されている。〈証拠〉参照)。

4  主催者の認定

入場税の納税義務者としての主催者が誰であるかを判定するについては、催物の開催の企画、関係官署等への届出、諸経費の支出等の事情から総合的かつ実質的に判断すべきであるところ、右に認定したところによれば、「日本の夜明け」の上映については、日本共産党中央委員会の指導の下に同党の各級機関がそれぞれに上映計画をたて、上映運動を推進したものであつて、大阪においては観客動員のための具体的方策として、原告の名を伏せ「日本の夜明け上映委員会」の名称を用いるとともに、「鋼鉄はいかに鍛えられたか」の上映権を持つ大阪自主上映促進会と提携し、同会の映画上映に関する組織、経験を利用して上映を実行したのであり、被告南税務署長に対する申請や納税においても「日本の夜明け上映委員会」の名義を使用しているとはいえ、それは原告から独立した組織性団体性を有するものではなくて、映画上映の目的のために臨時に設けられた原告の組織内における一部門にほかならず(小渓証人は、大阪自主上映促進会加盟団体のほか民主青年同盟大阪府委員会も加わつて右上映委員会が組織されたと供述するが、右供述をにわかに措信することができず、他にこれを裏付けるような証拠はない)、結局本件映画上映は、「日本の夜明け」と「鋼鉄はいかに鍛えられたか」を併映した関係上、それぞれにつき上映権を持つ原告と大阪自主上映促進会との共同主催であつたと認めるのが相当である。

そうすると、原告は本件映画上映の共同主催者の一員として、入場税法三条、国税通則法九条により、被告ら主張の額の入場税納付義務があることとなる。

三手続上の違法の主張について

原告は本件課税処分が国税通則法二四条に反すると主張するが、〈証拠〉によれば、被告らは本件につき上映会場で立会検査し、関係者に面接して説明を求めるなど十分な調査をつくし、それにもとづき本件課税処分に及んだことが明らかであり、原告の主張はとうてい採用できない。

四よつて、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

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